大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)2145号 判決

被告人 小菅はな子

〔抄 録〕

所論は、原判決は、「被告人は、車輛運転の業務に従事するものであるが、昭和四三年八月三日午後九時十五分ころ吾妻郡中之条町大字伊勢町九二七番地附近道路において、軽四輪自動車を運転中、その業務上必要な注意義務(発進して直ちに転回するにあたり、予め前方道路より同所に接近中の飯塚桂三(当一六年)運転の自動二輪車を前方六二・五メートルに認めたのであるから、転回開始後もその動向を十分注視し同車の進路直前を横切ることのないよう始に同車との安全を確認しながら転回すべき注意義務)を怠り、発進前に一見して同車の到達より早く自車が転回を了するものと即断し、以後同車の動向に留意することなく中央線を越え、転回進行した過失により、自車左側部を右自動二輪車前部に接触させ、よつて右飯塚桂三に対し加療約一〇日間を要する頭部打撲傷の傷害を負わせた外、右自動二輪車に同乗の勝又藤幸に対し加療一週間を要する顔面挫傷等の傷害を負わせた」との業務上過失傷害の公訴事実について、被告人に業務上の過失はないとして無罪を言い渡したが、右は事実を誤認し、かつ、法令の解釈適用を誤まつた違法があり破棄を免れない。すなわち、原判決は、「被告人は当夜、本件道路南側道路端一つぱいに西向き終してあつたスバル軽四輪貨物自動車三六〇CC(以下被告人車輛と記す)を運転して、同所で転回すべく発進し約一メートル前進し、一たん停止してハンドルを右一ぱいに切り、先ず後方(東方)からの接近車のないことを確かめ、次いで前方(西方)を見たところ、唯一台飯塚桂三運転の自動二輪車が前方約八五ないし九〇メートルの路上を進行して来るのを認めたのであるが、自車と自動二輪車との距離と、同所の道路状況(特に道路幅員)等を考慮すれば、同車の接近前に自車が転回し終り接触等のおそれはないものと判断して一気に転回を開始し、センターラインを越えて殆んど転回が終了したと思われた地点で、意外にも自車後方より自動二輪車が近接し、同車が被告人車輛の左前部角附近に僅かに接触し、被告人は急停止の措置をとつたのであるが、自動二輪車は前進惰力によつて前方に転倒し、これを運転していた飯塚と、同乗していた勝又が共に路上に転倒し受傷するに至つたものである。」との事実を認定し、「被告人が右のように転回を開始したことについては、自動車の運転者としての判断に誤りがあつたものと認めることはできない」とし、さらに「当該道路の車輛有効幅員が一〇・七メートルあること、当時道路上にはその有効幅員を削減するような駐車々輛等の障害物がなかつたこと、被告人車輛は三六〇CCの軽四輪車であること、転回発進時の自動二輪車との距離が八五ないし九〇メートルであつたこと等の事情の下では、特段の事情のない限り、自動車運転者は、他の交通状況(特に自車進路前方附近等)に対する注意を尽すべきであつて、これを怠つて転回途上終始自動二輪車との安全を確認しなければならない業務上の注意義務はない。」従つて「本件交通事故は、右飯塚の自動二輪車運転方法不適正による一方的過失に基因するものであること明白であり、結局被告人に対して自動車運転者としての注意義務過怠があつたと認めることはできない。」と説示し、結局被告人に対しては自動車運転者としての注意義務過怠があつたと認めることはできず、公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するとしているが、被告人には(一)右転回発進時に対向直進車との安全確認を怠つた過失があり(二)かつ転回途中においても右自動二輪車の動向を十分注視し、ことにセンターラインを越え、対向車の進路に入るに際しては一たん停止するなどして対向車との安全を確認すべき注意義務を怠つた過失がある。(三)本件交通事故は被害者の一方的過失に基因するものであるとした点等において、重大な事実を誤認し、法令の解釈適用の誤りを冒したと主張する。

よつて、原審記録を調査し、当審における事実の取調の結果を併せて考察することとする。

ところで、公訴事実記載の日時場所において、被告人が、本件道路南側いつぱいに西向きに停車してあつた軽四輪自動車(以下被告車という、)を運転し、同所で転回すべく発進し約一メートル前進し、一たん停止してハンドルを右いつぱい切り、転回に移り、対進車線へ進出し、同車線北方から二・九メートルの地点(当審検証図面×点)で、自車の左側部分が対進してきた飯塚桂三運転の自動二輪車(以下被害車という)の前部に接触し、よつて右飯塚および被害車後部荷台に同乗していた勝又藤幸が、同記載の各傷害を受けたこと、本件道路状況については、本件事故現場附近は車輛の有効幅員一〇・七メートルの東西に走る直線アスフアルト舗装道路で、中央にセンターラインが標示され、車輛の最高規制速度は毎時四〇キロメートルとなつており、道路両側は商店が並び、街路燈が約一五メートル間隔で並んでいるが、本件事故当時は午後九時過で、商店は殆んど全部閉店消燈し、そのうえ街路燈も大部分消燈されて、附近の道路は暗かつたことは、原判決が適法に認定したところであり、論旨も争わない。よつて、以下順次検討する。

まず、被告人は、転回発進時に対向直進車(被害車)との安全を確認し、さらに転回発進後、ことにセンターラインを越え被害車の進路に進出するにあたり、安全を再確認しているかという右(一)(二)の点についてであるが、所論は、この点につき、道路交通法第二五条の二には「車輛は歩行者又は他の車輛等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは横断し、転回し又は後退してはならない。」と規定され、転回車は直進車の正常な交通を妨害してはならないということは直進車の優先を認めている趣旨であるから、被告人は優先車たる被害車と自車との距離はもとより、被害車の速度をも確認し、その速度と自車の転回速度とを対比し、もつて交通の安全を確かめてから転回を開始すべきである。しかるに、被告人は右義務を怠り転回開始時において被害車が六二・五メートルまで接近していたのに約九〇メートルの距離があると誤認したものと認むべきあるが、仮に原判決どおり右距離を約九〇メートルとした場合においても、被告人は、同車の速度の確認を怠り、同車が接近する前に転回を終えるものと速断して、軽卒にも転回を開始し、しかもその後は被害車に留意せず、センターラインを越え、対向車の進路に入るに際しては一たん停止するなどして対向車との安全を再確認することを怠つた過失がある。被告車がセンターライン手前に達し、対向路線に進出せんとしたときは、すでに被害車は被告人車の左斜約二〇メートルに接近していたと認められるのであるから、被告人が転回継続中被害車を注目していれば、被告人は当然衝突の危険を感じ右転回の運転は継続できなかつた筈であると主張する。

まず、被告車の転回所要時間および転回所要距離(転回発進時から衝突地点までとほぼ同一とみてよい。原審および当審の検証調書図面上ではB点-X点間となる。)につき検討するに、当審における検証の結果によれば、被告車の左車輪の軌跡によつてこれを測定するとB-Xの距離は約八・五メートル、Bからセンターラインまでの距離は約六・三五メートルである。(司法警察員の実況見分調書および原審検証調書では正確に測定していない。)そして、検察官田沼俊一作成の実況見分調書によると、B-X間の走行所要時間は、被告車と同馬力の三菱ミニカ軽四輪自動車による実験の結果(三回)六秒強、六秒、五秒弱(急転回の方法によつたとき)となつている。被告人は、司法警察員に対し「速度は時速約一〇キロ位だつたと思います」、検察官に対し「私は日頃スタートダツシユも遅い方です」、「ギヤーはローのままでしたからスピードはせいぜい一五キロメートルに上る程度です」と各供述し、さらに原審第二回公判廷において裁判官の「転回について特別早く回りましたか」との質問に対し、「いゝえ普通に回りました。」また「転回速度は時速一〇キロメートルか一五キロメートルだつたと思うのですか」との質問に対し「そうです」と供述している。さらに被告人が普通免許を取得したのは昭和四二年二月六日であり、運転は未熟の域にあると認められる。以上を綜合して考察すれば、右転回所要時間は六秒強と認定して差支えない。(ただし、当審の弁護人は二、三秒であると主張するが根拠はない。)よつて、転回発進点から中央線までの所要時間は約四、五秒、中央線を越えて接触点までのそれは約一・五秒(合計は六秒強)と算定される。そこで右所要時間を基礎とし、被害車が接触時まで同一速度で走行したと仮定すると、被告車の転回発進時およびセンターラインを超える時点における被害車の接触地点からの位置は、被害車の時速を、四五キロメートル(秒速一二・五メートル)とすれば「七五メートル余、一八・七五メートル」、と逆算され計数上、被告車と被害車との時間的、距離的間隔は、客観的にみれば事故発生の危険性が大きかつたといわなければならない。

そこで、被告人は右転回発進時において、現実に被害車の位置をどのように認識したかについて検討する。被告人は、司法警察員の実況見分に際して、八九・八メートル地点を指示し、(右実況見分をなした新井勗警察官は、検察官に対し被告人の指示にもとずき他の警察官を歩かせて、その指示する地点で停止させて、距離を測定したと供述している。)原審検証時には約七六・五八メートル距てた地点を指示し、当審の検証時にはさらに離れた一〇六・七六メートル地点を指示している。(当審における弁護人は約一〇六・七六メートル地点が正確であるといい、その理由は、被告人がその後冷静にふり返つて考えた上指示したものであるからというにある。)ところで、被告人は原審公判廷において、右実況見分時に指示したところが正確であると供述しているし、原審検証の際には前記の如く七六・五八メートル位と指示しているので、結局この両者の範囲内における距離であると認めるのが相当である。もちろん、夜間対向車の前照燈の光によつてその位置を確認することの難しいことは経験則上明らかであり、ことに、被告人は運転経験が長いとはいえないから、その正確性にはいささか疑問が存するが、叙上の点よりすれば、結局被告人が転回発進時において、対向車を前方約七七メートルないし約九〇メートルの位置に発見したものと認めるのが相当であるというべきである。(原判決は八五ないし九〇メートルと認定している。)

しかるところ、被告人が被害車の前照燈を発見したという右約七七メートルないし約九〇メートルの距離間隔たるや、計数上、被害車の時速を約四五キロメートルとすれば六秒強ないし七秒強で走行する距離であり、この点からみても、被告車と被害車との時間的、距離的間隔は事故発生の危険性を包蔵していたものといわざるを得ない。

さらに、被害車の現実の速度につき検討する。原判決は、所論も指摘するように「時速四五キロメートルと確定することに問題がある。すなわち、本件事故当時、勝又は自動車の運転免許を有していなかつたのであり、同人が速度計を見ないで、単に感に従つて自動二輪車の速度は四五キロメートル位と供述しているのであつて、絶対的なものではない。かえつて、運転者飯塚が十六才の高校生であつたこと、道路が直線舗装路で幅員が一〇・七メートルあること、夜間で商店が閉店後であつたこと、自動二輪車が不必要に道路中心寄りを進行していたこと等より考察すれば、自動二輪車の速度は四五キロメートルを超えていたものと推定される余地がある。(時速五〇キロメートルの場合は秒速約一五メートルであるから前掲転回所要時間六秒間では約九〇メートルとなることも考慮の余地がある)」と説明しているが、右飯塚の司法警察員および当審における証人尋問調書によれば同人は本件事故により頭部を打ち、本件事故当時の模様を思い出せないと認められるところ、当審では、時速を五〇キロかな五五キロかなといい加減な供述をしているが右証言は措信できないとしても、同乗者の勝又藤幸は警察、検察庁を通じ、また公判段階でも終始四四、五キロメートルと証言しており、同証言によれば、所論指摘のとおり、同人は当時免許証をもつていなかつたが、本件事故から二七日後には免許を受け、それ以前にも二回位免許試験を受け、本被害車は同人が父から買つてもらつたもので、しばしば運転の練習をしていて、車に対する関心が深かつたことも認められる。さらに、司法警察員作成の実況見分調書図面によれば、右飯塚の転倒位置は衝突地点から一・八メートル、右勝又のそれは二・五メートルであり、かつ前叙のとおり同人らの受傷程度、右実況見分調書および被告人の原審第二回公判廷の供述、右勝又の当審における証人尋問調書によつて認められる、被告車は前輪辺に擦過痕があり、左バツクミラーが欠損し、ドアのハンドル辺がくぼみ、前部のバンバー左端がめくれたとの軽微な損傷程度で、被害車も前輪のフオーク・ヘツドライト、左バツクミラーが損傷程度であることなどを考え合わせると、被害車の時速は約四五キロメートルであつたと認定して差支えない。

以上の諸点を考察すれば、被告人は自車の転回所要時間その距離について十分認識することがなく、さらに被害車の進行速度その接近時間についてもよくわからないのに、それらの点について特段の考慮を払わず漫然被害車の接近前に転回を終えるものと速断して、一挙に転回を開始したものと認めざるを得ない。

さらに、被告人は、右転回開始後において、被害車の接近状況に注意を払つていたかにつき検討するに、被告人は検察事務官に対して「オートバイらしいライトが見えましたが、まだ遠いと思い、その車が到達する前に私がユータンを終ると思い込み、発進しハンドルを右一ぱいに切つてからはその方向の再確認はしませんでした」と供述し、原審の冒頭手続においては公訴事実を認めながら、その後は「転回開始時から被害車の方向を見ていた」と供述し、当審公判廷においても「顔を向けて見てはいないが、被害車のライトは視野に入つていた」旨供述するが、被告人は右へ急転回したのであるから、対向車のライトは視野に入り難いといわなければならないのであるから、同供述は前記検察事務官に対する供述に対比して措信できず、検察事務官に対する前記供述をより措信すべきであつて、被告人は転回発進後においては被害車の接近に注意していなかつたものといわざるを得ない。

以上、要するに、被告人は、自車の転回所要時間が六秒強を要し、その所要距離が約八・五メートルであることを十分認識しておらず、転回発進時において、被害車を前方約七七メートルないし約九〇メートルに認めたが、その距離は、自動二輪車の通常速度をもつてすれば、わずか数秒間で自車に接近する間隔にすぎないことを考えず(実際においても被害車の速度は時速約四五粁で約七七メートルないし約九〇メートルの走行所要時間は六秒強ないし、七秒強であるから客観的にみて事故地点に同時頃に到達する危険性がある)、しかも、転回開始後も、被害車の動向を十分注視せず、被害車の接近する前に自車が転回をし終わるものと速断し、一気に転回し、転回をし終る頃、自車を被害車に接触させたものである。被告人としては、被害車の通過をまつて、転回するか、たとえ転回を開始したとしても、終始被害車の動向に注意して運転すべきで、殊にセンターラインをこえ対向車線に進入する手前で被害車の動向を再確認すべき業務上の注意義務があつたというべきである。しかるに、被告人は右注意義務を怠り、本件事故を惹起せしめたものであるといわざるを得ない。結局検察官の右所論は、理由があることに帰する。

次いで、被害者側に本件事故発生について、如何なる過失があるかという点について所論は、原判決は、「飯塚桂三は、当夜第二種原動機付自転車八〇CCを運転し、後部座席に友人勝又を同乗させて、本件道路を時速四五キロメートル以上の速度をもつて、当時駐車々輛等道路端寄りを進行する妨げとなるものはなかつたのに拘らず、稍々センターライン寄りを西方より東方に向つて直進したのであるが、被告人車輛が進路前方で転回を開始して自車の進路に進出している状態を、少くともその四〇ないし五〇メートル前方において(被告人車輛が転回してより二ないし三秒経過の時点)確認し得る状況であつたのであるから、これとの接触を避けるために適宜減速するなり、又は左方道路端に(本件接触地点より道路端まで二・九〇メートルあつた)に寄るなりして、被告人車輛との接触を容易に回避し得たのに拘らず、かかる操作をなさずして、道路端より三メートル位中央寄りを前記速度のまま進行を続けたうえ、被告人車輛が殆んど転回を終つて東方に向きを変えているその後方より同車の前部左側に自車前部を接触させ、自車の進行惰性で、前方に車もろとも同乗の勝又とともに路上に転倒して受傷するに至つたものである」と認定しているが、たしかに、原判示の如く、被害者飯塚が四〇ないし五〇メートル手前で被告人車輛を発見し警笛をならして被告人に警告を与えるなり、減速し左に避譲すれば、或いは本件事故を回避し得たかもしれないが、被害者が約四五キロメートルで自動二輪を運転中、前方の道路センターライン右方から自己の進路に進出しようとする車輛を認めても、自車は直進車であるので転回車に優先して進行しうるものであるから、(道路交通法第二五条の二参照)転回車が進路を譲つてくれるものと判断して進行することができると考えても不当ではなく、しかも被害者飯塚は後部荷台に友人を同乗させていたので、その転落の危険を考慮すれば、把手を急激に左方に切つたり急制動を施すことは至難であるから、被害者は接触を容易に回避し得なかつたものといわなければならず、被害者が中央線左側道路の中央辺を走行するのは歩行者の安全を考慮すれば強ち責めることもできない場所柄であると考えられるし、原判決は「自動二輪車の速度を時速四五キロメートルと確定することに問題がある。」「四五キロメートルを超えていたものと推定させる余地がある。」というが、被害者後部荷台に乗車していた勝又の時速四五キロメートルで走行していた旨の供述は措信するに足り、同速度は指定制限速度を時速五キロメートル超えるに止まり、被害車が当夜の道路状況からみて格別異常な運転をしていたと断ずることは酷である。寧ろ被告人において、多少の速度超過をして対向直進する車輛のあることを予想すべく、被害者飯塚が不適法な運転をしていたと断じた原判決は事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。

よつて案ずるのに、前叙のとおり、被害者の時速は約四五キロメートルと認められるところ、被害車に同乗していた勝又藤幸の検察官に対する供述調書によれば、同人は「衝突地点手前約一二・四メートル(司法警察員作成実況見分調書図面(ロ)点)から九・四メートル右前方(同図面<3>地点あたり)に横側だけ何か青い物体があると気づきました。その頃飯塚君も危険と思つたのか、ハンドルを左に切つたようでした、然しアツという間に接触し、」「然し後に事故の状況を考えれば、相手の車がターンしてくることは、もつと手前で承知できたはずですから、飯塚君が警音器も鳴らさず、減速した様子もないのは、手落ちがあり、事故の一つの原因だと判断できます。」と供述している。被害車を運転していた飯塚は、前叙のとおり本件事故の模様を記憶していない。被害車の運転手飯塚は、右勝又と同じように至近距離に至るまで被告車を発見できず、危険回避のための制動措置をとらぬまま、わずかに左へ転把しながら、被告車に接触したものと認定できる。されば、被害車において前方不注視の過失があつたことは否定し難いものといわねばならない。しかしながら、所論指摘の道路交通法第二五条の二によれば被害車側において、被告車が自車に進路を譲つて、センターライン手前で待機してくれるものと信頼してよい訳であるから、飯塚において、右時点より早期に被告車を発見し得たとしても、或いは右の如く信頼したかも知れないのである。事故の発生は、被告人がセンターライン手前で安全を再確認しない限り、発生する蓋然性が高かつたものといわざるを得ない。そして、所論指摘のとおり、被害車の運転態度には、制限時速を約五キロメートル超過して前記の如く前方不注視の点は存するがその他の運転態度が、特に無謀異常であるということはいえない。しからば、本件事故が被害者飯塚の一方的過失と認定した原判決には被告人の運転方法に過失が存することを無視した事実誤認の廉が存在するものといわなければならない。

以上いずれにしても、論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れない。

よつて、本件控訴には理由があるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条に則り、原判決を破棄すべく、同法第四〇〇条但書により、直ちに判決することができるものと認められるので、当裁判所において更に判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車の運転に従事するものであるが、昭和四三年八月三日午後九時一五分頃、群馬県吾妻郡中之条町大字伊勢町九二七番地先道路において、道路南側端に西方に向けて駐車してあつた軽四輪自動車に乗り、右転回しようとして発進し、約一メートル前進し、把手を右いつぱいに切り、一たん停止し、交通の安全を確かめたところ、左前方の対向車線上を進行接近してくる飯塚桂三(昭和二六年生)運転の自動二輪車の前照燈を前方約七七メートルないし約九〇メートル位に認めたのであるが、かかる場合自動車の運転手としては、自車の転回所要時間、所要距離、対向車の距離速度を考え、かつ、対向車の進路に進出するのであるから、転回発進後においても対向車の動向を十分に注視しながら進行し、対向車の路線に入る手前で安全を再確認する等して、危険の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、これを怠り、発進時において右自動二輪車が接近する以前に、自車が転回を完了し安全に対向車線に入ることができをものと速断し、発進後においては右二輪車の動向に留意することなく漫然中央線を越えて、転回進行した過失により、転回完了と同時位に時速約四五キロメートルで中央線左側道路中央辺を直進して来た右自動二輪車に自車左側前部を接触させ、よつて右飯塚および同乗中の勝又藤幸(昭和二七年生)を路上に転倒させ、右飯塚に対し入院加療四日間を要する頭部打撲傷等の、右勝又に対し加療約四日間を要する顔面挫傷等の各傷害を負わせものである。

(井波 足立 丸山)

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